人と会話するということ
情報交換としての会話と、一体感を生む会話の違いを考えながら、人と関わる意味を書く。
人と話す意味について。まあ意味もないんだけど。使いようがあるということで考えてみる。
まずは目的があるとき。何かを聞く、何かにこたえるときに会話をする。これにコミュニケーションを要素を入れると冗長になるが目的次第によっては有用だなと思う。
ここの会話をできるようになりたい。質問に的確にこたえる。相手に伝わるような質問をする。この情報交換の速さはこれから重視されるなと思う。
ただ、人は気持ちで動くものなのでうまくその感情を要素も考慮して話す必要がありこの2つの面で会話能力を向上させたい。
次に一体感を得るための会話。自分が話したいことを話す、聞くこともする。割合は~とかいう話よりエンターテイメントやおもてなしの心が必要だなと思っている。
基本的に自分に興味が向きすぎているのかもしれない。他人に興味を~とはいうけどなかなか難しい。それよりかは相手にとっての面白さを重視すると考えればまだやりやすい。
正直、人の気持ちに立つというモチベーションがない。ただ、相手の心地よさのためにするという話ならば少しはモチベーションも沸くかなーと思う。
なぜ会話について書こうと思ったのかというと人は結局集団で生きる生き物で集団で生きるのに一番必要なのが会話だと思っているからだ。
ただ、自分自身、一人でいろんなことに取り組み負わさせることが多くて思考と行動の乖離を実感している。
なぜ一人でやってしまうのか。多分人を信用していないからだと思う。人に期待せず、人とのかかわりが自分にとってマイナスを引き起こすかもしれないと思ってしまっている。
ただネガティブなだけな可能性もある。他人の行動は不確定要素だなーと考えるのは信用、信頼と共存しうるんだろうか?
まあでも、もらうんじゃなくて与えるのは確定要素なので自分にできること。集団として生きるというのは自分の余ったリソースを与えるということなのかなと思う。
暇なときに会話について考えてみるというのが自分にとっての今できる貢献なのかもしれない。